art.71 努力が報われるためには

「努力は必ず報われる」と言ったアイドルがいた。

努力は報われるべきだという思いと、努力が必ずしも報われない現実。

その狭間で揺れ動く。

さて。

ここで考えたい。

努力が報われるかどうかをその時の環境や状況、わかりやすく言えば「運」に任せてしまってよいのかと。

いや、もっと正確に考えよう。

努力が報われる確度を自分の手で上げられないかと。

 

僕は上げられると考えている。

だからこうやって伝え続けている。

闇雲にラジオで喋って、日々適当に文章を書いている訳ではない。

いつも報われる確度を上げることを考えながら行動をしている。

 

その方法は何も特別な人だけが実践できるものではない。

僕みたいな凡庸な人間でも上げることはできる。

ただ一つだけ条件がある。

それは、結果がどうであれ努力をすることができることである。

art.70 自分の時間、他人の時間

自分の時間は大切にしたいと誰しもが考える。

それはつまり、他者も同じことを考えているということ。

このことを忘れてはいけない。

 

自分が知りたいからと何も調べず質問する人は、相手の時間の価値をわかっていない。

そういう人は、自分の大切な時間を誰かに無駄に消費されたとしても文句を言ってはいけない。

だって、同じことを自分がしているのだから。

相手に何かを頼むなら最低限自己で出来ることはするべきである。

それが人間関係のマナーだと個人的には考える。

art.69 品性

結果だけをよしとする。

そんな社会に生きている。

サラリーマン時代はこれが嫌で仕方なかった。

それは、そういう社会への嫌悪というよりも、そういう社会に自分を合わせている自分に対しての嫌悪だった。

別に結果を軽視するつもりはない。

結果は大切だ。

けど、その結果までの道程を無視した営みは人として「大切な何か」を失うような気がしている。

 

では、その「大切な何か」とは何か・・・?

品性。

結果さえよければいい人、結果ばかりを追い求める人は、総じて品がない。

あくまで個人的な意見だが、僕は大事な視点だと考え日々を生きている。

art.68 自分を確認するために他者がいる

自分が何者かをみんな知りたい。

自分には何ができるのかをみんな知りたい。

だから悩む。

だから自分探しという口実で海外に行ったりする。

でも結局わからない。

それは世界には自分しかいない的な目線で探しているからだ。

心のどこかで「自分はこういう人でありたい」というものがあるが故に、フィルターがかかる。

その恣意性2000%のフィルターを簡単に突き破ってくれるのが他者である。

だから他者の意見は貴重なのだ。

他者の声に耳を傾けよう。

きっと、自分一人では探せなかった何かのヒントを言っているはずだから。

art.67 Why and How

科学はHowには答えられるが、Whyには答えれらない。

こんなことが言われるが、生きる上で必要なのがWhyだとしたら、このWhyには誰が答えてくれるのだろうか・・・?

・・・あなたしかいない。

仮に誰かがあなたにWhyの答えをくれたとする。

きっと、その答えには満足しない。

なぜなら、今のあなたが満足していないからだ。

Whyは、あなたにしか答えらない。

忘れないでほしい。